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元気です。
父の事があってから なかなかブログを更新できず。
ときどき思い出しては、泣いてしまう私です。

でも子供たちが一緒だと 悲しみを忘れていられます。

子供たちが学校に行って 洗濯を干していたり
家事をしていると ふと思い出し涙がでてきてしまい

まだ 父の死というものを受けいられない自分がいます。

でも 私より母のほうが もっと辛いのですよね。

私も近くに住んでいないので なるべく電話をするようにしていますが
心配です。

しっかりものの母ですが 心配なので なるべく子供たちを連れて遊びに行くようにしています。

私も 父の事があってから 母の事が心配なので
同居しようか考えています。

しかし 私も家を持っているし 主人の仕事の事もあるし 子供たちの学校の事を考えると すぐには、無理なのですよね。

一緒に住むとしたら やはり実家の方が広いので そちらの方になると思いますが

子供たちは、保育園からの友達が多いので
別れるのがいやだと言うし

私もママ友と離れるのは、寂しいですが

いろいろ問題をかかえてます。


話は、変わりますが 

暖かいコメントありがとうございました。

本当に嬉しかったです。

ブログを書かなければ 出会えなかったお友達

この出会いに心から感謝します。

いつまでも悲しんでいても 父は、喜ばないですよね。

今は、皆にとって幸せになるように

父に与えてもらった事 教えてもらった事を胸に

母として妻として娘として明るく元気に生きていきたいと思います。

これからも よろしくお願いします。

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お久しぶりです。

4月7日に父が亡くなり 悲しいけれど
その後のお通夜や告別式など 初めてのことばかりで
無事に済ませようという気持ちから ゆっくり悲しむ余裕がありませんでした。

でも 今は、本当にいないのだと思うと涙があふれてきます。

いつかは、親と別れなければならない時がくると漠然と思っていましたが
本心を言いますと親が亡くなるなんて考えられませんでした。

6年程前から父は、肺の機能が低下していました。
そのせいで 入退院を繰り返していたのでした。

以前にもブログに書きましたが 1年前に危篤状態になり
母も妹も私も覚悟していました。

しかし 奇跡的に回復し退院までできるようになったのです。

ある日 母から父の具合が良くないので 車で送ってほしいと言われ
私は、病院へ一緒に母と付き添っていましたが その日に入院にする事になりました。

主治医からは、希望的なことを 言われませんでしたが
昨年より状態が良くみえたので 「大丈夫 大丈夫 お父さんは、きっと大丈夫。」と心に言い聞かせていたのです。

父が亡くなる前日 私は、しばらく父に付き添っていました。
呼吸が とても苦しそうで それでも 食事をしようという意欲がありましたので 私は、きっと退院できると信じていました。

私が帰る時
私「お父さん またね。」
父「ありがとう」
と言ってくれました。
それが 父と言葉を交わす最後になるなんて 夢にも思いませんでした。

父が亡くなって 親戚や親しかった方々が大勢来てくださいました。

父は、まるで眠っているようで
顔は、優しく微笑んでいるようでした。

父が寝ていたお気に入りの部屋を 改めて見ると
ポン太とチビ太の小さかった頃の写真が飾られていました。
それを見て また涙があふれてきます。

父は、ポン太とチビ太を とてもかわいがってくれました。
妹が
「お父さん ちょうど寝ながら見られる場所に 子供たちの写真飾ってあるね。」
と言っていましたが そう言われてみれば ちょうどそうなのですよね。

子供たちが遊びに来るたび 子供たちの写真を撮っていましたね。

もう子供たちを撮ってくれる父は、いません。

まだまだ 子供たちの写真を 撮り続けたかったでしょう。
そう思うと残念でなりません。



お棺に眠っている父の顔の周りに花を置き

冷たくなった父のおでこや顔を触り 

気がつくと「お父さん」と言いながら号泣している私がいました。

子供たちも死というものを まだ本当に理解していないと思っていましたが

チビ太が 今まで平気だったのに

おじいちゃんとの別れが分かったらしく号泣し

ポン太も主人も泣きました。

もう 本当に会えないのですよね。

でも まだ生きているような気がしてなりません。

父は、木や草花が好きな人でした。

桜が咲き これからまだまだ綺麗な花が咲くのを見ることもなく
この世を去りましたが
毎年桜の咲くころ 父の命日を迎えることになりました。


お父さん 今までありがとう。
私は、お父さんの娘に生まれて幸せでした。
お父さんの事 大好きです。

実家に電話すると 父がでて話ができるような
そんな気がしてならないのです。









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